10月 31st, 2009

松井秀、右翼で出場も 11月1日WS第3戦

米大リーグのワールドシリーズ第3戦のヤンキース(ア・リーグ)対フィリーズ(ナ・リーグ)は1勝1敗で舞台をフィリーズの本拠地に移して31日(日本時間11月1日)に行われる。30日は両軍が球場でフリー打撃などで調整した。

ヤンキースはこの日朝に移動。前夜の第2戦で貴重な決勝弾を放った松井秀も軽快にボールを飛ばした。第3戦から第5戦まではナ・リーグの本拠地のため指名 打者が使えない。打線の組み替えが余儀なくされるジラルディ監督は「我々はその準備もしてきた。交流戦でも指名打者はなかったが明確に不利ではなかった」 と強調。前夜に好投したバーネット、サバシアら投手陣も打撃練習をした。

フィリーズの本拠地は熱狂的な応援で知られ、試合前日から駐車場には徹夜組のファンが続々と訪れた。マニエル監督は「選手たちも心地よく思っているだろう。本拠地のファンは我々に力をくれる。我々は本拠地では強い」と力を込めた。

先発はヤンキースがプレーオフ2勝と好調のペティット(レギュラーシーズン14勝8敗)。フィリーズが昨年のワールドシリーズ最優秀選手のハメルズ。今季はレギュラーシーズンで10勝11敗と伸び悩み、プレーオフも1勝1敗だ。

○…松井秀はフリー打撃後、右翼に入りクッションボールの処理など守備練習もした。指名打者がないため代打の起用が最有力だが、前夜の活躍があったうえに 右翼手のスウィシャーが不振。米メディアから会見で「松井秀を右翼で使わないのか」と質問されたため、ジラルディ監督も「守備練習で、可能なのかを見て、 あとは(コーチ陣と)議論を重ねたい」と触れざるをえなかった。松井秀も「もし、そういう機会があったら今の自分のできる限りの守備をしたい」と話した。 今季は両ひざに不安があるため一度も守りに入っていない。

人妻 出会いがほしかったのに、なぜか処女SEXをすることになった。初めての経験だからいいっか。

9月 26th, 2009

ジダン、将来は監督に?

ジズーは、将来タッチライン際で指揮を執ることも視野に入れているようだ。元フランス代表のジネディーヌ・ジダン氏の1998年ワールドカップを制した チームメートのローラン・ブラン(ボルドー監督)、ディディエ・デシャン(マルセイユ監督)は、すでに監督キャリアをスタートさせている。

フランス『レキップ』とのインタビューで、レアル・マドリーのペレス会長のアドバイザーを務めるジダン氏は、自身の将来について語った。
「私には学ぶ機会がある。うれしいことだね。いつかクラブを担当する機会があるということは理解している。良いことなんじゃないかな」
「将来そう決断するだろう。もちろん、その決定は様々にジャッジされるだろう。ただ、それにはまだまだ長い道のりがあるよ」
なお、レアル・マドリーは来週行われるチャンピオンズリーグでマルセイユをホームに迎える。自身の憧れのクラブと古巣の対戦をスタジアムで観戦するジダン氏は、レアル・マドリーへの忠誠を強調している。
「試合が始まれば、私はレアル・マドリーとともにいるよ」と、ジダン氏は断言した。

ベッカム、リバウド、ベロン、トッティと同じ時代に数々の司令塔・キャプテンがいるが、「将」といえばジダンしか思い付かない。

名選手が名監督になるとは限らないがこの人がコケるとはどうしても思える・・・

それくらい当時フランス代表をまとめいてたイメージがありますね。

援交なんてするガラじゃないけどね。

8月 28th, 2009

ボルト、走り幅跳び挑戦に意欲

陸上の男子100メートルと200メートルの世界記録保持者、ウサイン・ボルト(ジャマイカ)が、将来に走り幅跳びにも挑戦する意欲をみせた。

北京五輪で3冠に輝いたボルトは27日の記者会見で「是非、走り幅跳びに挑戦してみたい。良い走り幅跳びの選手になる自信がある」と語った。

1991年に8メートル95の世界記録をマークしたマイク・パウエル氏(米国)が14日、ボルトは9メートル台を記録する可能性を持っていると話していた。

ボルトなら鍛えれば本当に9メートル飛べそうですね。楽しみです!

8月 6th, 2009

イチロー歴代10位タイ30度目先頭打者弾

<ロイヤルズ6-7マリナーズ>◇4日(日本時間5日)◇カウフマンスタジアム
【カンザスシティー(米ミズーリー州)=木崎英夫通信員】マリナーズ・イチロー外野手(35)が通算30本目の先頭打者アーチと600回目のマルチ安打を達成した。ロイヤルズ戦で、6月25日以来となる今季3本目の先頭打者本塁打、第2打席で左前打を放つ。今季自己最多の1試合3得点もマークし、守備では9回2死からファウルゾーンでスライディングキャッチし、試合を締めくくった。打率を3割6分4厘とし、200本安打まであと43本となった。
始まり、そして終わりがショータイムだった。試合開始直後の第1打席。イチローはカウント0-1からの内寄り151キロ直球を振り抜く。手応えは十分だった。「ファウルじゃなかったら入ることは間違いない、距離的には。切れるかどうかだからね」とクールに振り返る。打球右翼ポールを直撃。歴代10位タイに浮上する今季3本目の先頭打者本塁打となった。
試合前のミーティングではグリフィーから「もっとパワーを使え」のジョークを吹き込まれた。「(言葉の意識は)全然ないけど。そうしといたらいいんじゃないの。ネタとしてはありだからね」と笑い飛ばした。続く2打席目には左前に運び今季51度目のマルチ安打を早々と達成。メジャー9年目で節目の600回に到達した。
先頭弾でいきなり流れをつくった展開もシーソーゲームとなった。1点リードの9回2死満塁。一打サヨナラのピンチを美技で防ぐ。6番バックの打球は一塁側スタンドへ入ろうかという飛球。約30メートルを激走し、フェンス前で左足を折りながら滑り込む。ギリギリでキャッチすると、かすかな土煙が舞い上がった。偶然にもフェンスに沿って置かれていた防水用シート先端部分にすっぽり隠れてしまう。確認に走っていく一塁塁審に見せつけるように、グラブを高くかざしながらアピール。アウトが宣告されても、すぐには左手を下ろさなかった。「誰も見えないからね、あそこは。とりあえず、早く見せてあげないと。ファウルのコールをされたらたまらないから。実際、僕は2年目にそれでファウルにされてますからね、セーフコで。別に興奮してやってるわけじゃないよ、『捕りましたよ!』って。審判さんのためにやってるだけで」と淡々と言ってのける。
気温30・6度、湿度は80%を超える中、唯一ハイネックのアンダーシャツでプレーした。勝利の幕引きキャッチにもクールさを崩すことはなかった。

7月 28th, 2009

藍復活Vの秘密をコーチの父優氏明かす

エビアンマスターズで米ツアー初優勝を果たした宮里藍(24=サントリー)の父で、コーチの優氏(63)が優勝の「秘密」を明かした。27日、母豊子さ ん(58)とともに成田空港から、宮里が出場する全英女子オープン(30日開幕、英国・ロイヤルリザム&セントアンズ)観戦のために渡英した。07年夏以 降、引退もよぎるほどの不振が続いたあと、宮里は(1)グリップ(2)バックスイング(3)パットと技術的な課題を克服したと分析。どん底を味わったこと で、人間としてもひと回り成長し、自信と心のゆとりがプレーオフを制してのVにつながったと優氏は指摘した。

今までの娘とは違う姿が、そこにはあった。プレーオフの18番パー5、フェアウエーからの第2打。グスタフソンは第1打を右のグラスバンカーに 入れた。安全策として刻む選択もあった。だが、宮里は残り205ヤードで、果敢に2オンを狙った。グリーン右奥のバンカーにつかまったが、このプレーに、 娘の成長が凝縮されていたという。

宮里優氏 プレーオフだから(2オンを)狙うしかない。とてもいい選択だった。あの日、1番のスイングをしていたし、あの強気な姿勢が(バンカーからの)寄せ、(バーディー)パットにつながった。

土壇場で強気な姿勢で最高のスイングができた。それは、悪夢のスランプを乗り越えたからこそだった。06年から米ツアーに本格参戦も、なかなか 勝利を手にできない。07年に「もっと飛距離がほしい」との思いを強め、スイングの改造に取り掛かった。だが、逆に不振を招き、第1打が、隣のホールに飛 んでいくほど、ドライバーの不調が続いた。

優氏 自分もつらい毎日だった。一緒にスランプの苦しさを味わった。

一時は技術的なアドバイスは止め、感覚で打たせたこともある。だが、昨年の後半から宮里はショットの感覚を取り戻し始め、今年初めからは技術的な指導も素直に聞くようになった。オフは主に、3つのポイントを中心に改善をしてきたという。

(1)グリップ
改善前 左手をかぶせ、右手を添える握り方をしていた。飛距離が出る時もあるが、フック気味に左に飛んでいく危険性が高かった。
改善後 左右対称なスクエアな握り方に変えた。
(2)バックスイング
改善前 クラブを寝かせるように、低く上げていた。クラブヘッドが閉じるため、インパクトの時に、フェースがボールにかぶさり、左に大きく曲げる原因になっていた。
改善後 右斜め45度の方向へ、高く上げるようにした。
(3)パット
改善前 スイングのテンポ、切り替えのタイミングがまちまちだったことが、ショート、オーバーにつながっていた。
改善後 トップから一定のスピードで加速させ、強めに打つ。
改善による効果は数字にも表れた。今季の平均飛距離は昨季より13ヤードアップの256・5ヤード。フェアウエーキープ率も66・9%から 75・2%に向上した。平均パット数も昨季の1・83から1・77に。エビアンマスターズでも、4日間の平均パット数27・25は1位だった。

優氏 毎日チェックして身につけた。(どこからでも入れられると)パットに自信がつけば、相乗効果でショットも良くなった。

引退もよぎった大スランプ。技術的な進化はもちろん、精神的な成長も大きかった。苦しむなか、宮里は上田桃子、宮里美香ら、米ツアーの後輩たちに、優しくアドバイスを送った。時には食事に誘った。

優氏 「自分より先に後輩が勝ったらどうしよう」

と普通は思うはず。でも藍は、苦しさを乗り越えたことで、人間的にも大きくなった。これはプロゴルファーとして大事なこと。人格も評価されないと、本当の世界のトップにはなれない。優勝まで遠回りではなかった。(スランプは)無駄ではなかった

7月 24th, 2009

朝青龍が1敗琴光喜を一蹴

<大相撲名古屋場所>◇12日目◇23日◇愛知県体育館
横綱朝青龍(28=高砂)のヒール魂に火がついた。愛知出身で、地元の大声援を受けた1敗の大関琴光喜(33)に対し、反骨心をむき出しにした 先手先手の攻めで寄り切った。既に3敗を喫しているが、1敗をキープした横綱白鵬(24)大関琴欧洲(26)との対戦も残されている。さらなる上位いじめ をもくろむ朝青龍が、賜杯レースのキーマンになってきた。
館内360度から琴光喜コールが鳴り響く中、朝青龍がよみがえった。仕切るたびに、マユと目がつり上がる。正面から立ち合い、いったん離れる も、素早く左上手を引いた。2度の出し投げで相手の体勢を崩し、右を差してかいなを返した。右四つは琴光喜の型だが、左上手は与えていない。「相撲は先に 攻めた方が勝ち。こっちは(左)上手を引いていたから」。右下手もがっちりつかみ、地元の英雄を土俵外に追いやった。
館内は悲鳴とため息に包まれたが、朝青龍は厳しい表情のまま懸賞を受け取り胸を張った。前日は魁皇のすっぽ抜け気味の小手投げに粘ることなく 土俵を割った。親方衆から「朝青龍は、やる気をなくしている」との声が広がっていたが、一夜明け、気迫に満ちた本来の姿を取り戻した。
朝青龍 相手がご当地だから燃えたよ。負けるもんかってね。
力にかげりが見える今でこそ応援も多いが、「憎たらしいほど強い」といわれた04、05年は、観客が負け期待する雰囲気をはねのけ、史上初の7 連覇を達成した。06年九州場所ではご当地の魁皇と優勝を争い、「魁皇コール」の中で賜杯をつかみ取った。「アウェー」でこそ生まれ持った負けん気があふ れ出すのだ。対琴光喜、過去34勝8敗という相性の良さだけではなかった。
左ひじ痛に右肩痛。「もう、体はボロボロだよ」とも漏らすが、「休場はない」と言い切る。理由は、自身が主催するわんぱく相撲大会「朝青龍 杯」(8月29日、両国国技館)だ。近い関係者は「休場なら『治療に専念しろ』と言われて、中止になる可能性もあるから」と明かした。同杯には元日本代表 中田英寿氏ら親交のあるスポーツ関係者の協力も仰いでいる。だからこそ、体にムチ打って土俵に立ち続けている。
もっとも、この一番でよみがえった朝青龍は「残り全部、頑張るよ」と言い、勝負師の目をみせた。賜杯争いのキーマンが、対戦の残っている琴欧洲、白鵬にも意地を見せ、名古屋をさらに熱くするかもしれない。

7月 24th, 2009

Hello world!

Welcome to Ex5.biz. This is your first post. Edit or delete it, then start blogging!